特集

タイで活躍する 日本人シェフたちの私の履歴書

異国の地で奮闘する
僕たち日本人の胃袋を支えてくれている、食のプロフェッショナルたち。
会社から海外進出を任された駐在員シェフや、バンコクで起業を決心したオーナーシェフまで、10人に十色の半生を語ってもらいました。 彼らはここバンコクで、どのように新しい道を切り開いてきたのか?
普段は厨房の中にいて、なかなか垣間見ることのできない素顔に迫ります。

2021年2月18日現在、バンコクのレストランでは
◎店内飲酒禁止(酒類販売はOK)
◎23時以降の店内飲食禁止(23時以降のテイクアウト・デリバリーはOK)
の措置が取られています。
これらの制限がいつ解除されるかは決まっておらず、本誌発行日(3月1日)には状況が変わっている可能性があります。
本誌掲載店にご来店の際は、最新の営業状況をご確認のうえ、お出かけ下さい。

【目次】

1. しゃかリッチ
2. ヒナタ
3. 伊勢
4. カネヒサ
5. ケリーズ
6. コリアンテーブル
7. 伊勢の国 サクラサク
8. 肉亭あらた
9. 水琴
10. 和牛しん

しゃかリッチ


しゃかリッチ料理長
福川諒さん(31歳)


出身:大阪府
好きな店:オカージュ、レンジ、シャングリラ、シェフマン


 初めて料理の世界に入ったのは18歳の時。アルバイトの経験もないままに、叔父が総料理長を務める白良浜の旅館に住み込みで入れてもろたんですが、厳しすぎて泣いて大阪に帰りました(笑)。 叔父から、まずは居酒屋からやってみたらどうや?とチャンスを貰い、心を入れ替えて再スタート。その後は居酒屋の親会社の日本料理へ移り、雑用からがむしゃらに奮闘しましたが、最初のうちは何も教えてもらえないし、食材にも触らせてもらえず、それでも若さも手伝って、てっぺんとったる!くらいの勢いで修行に明け暮れました。そのうちに、空き時間に「ちょっと、やってみる?」と教えてもらえるようになって、自分の幅が少しずつ広がっていき、10か月経った頃に、その店の味の核になる煮方を任せられ、達成感もあって全てが楽しかったです。その後も、料理長同士の繋がりの紹介でいろんな調理場を経験し、声もかかるように なり、神戸の名店や中華料理、イタリアン、フレンチと経験を積んで、22歳の時にホテルモントレから声をかけて頂き グラスミア大阪「随縁亭」で働くようになりました。シフトが立てやすいホテルの性質を活用し、休みの日に料亭などに助っ人、通称“助さん”に行ったり、黒門市場に通い詰めて魚を捌かせてもらったり、美味しい漬物屋さんを見つけて出勤前に通って教えて貰ったり。とにかく料理への探求心が止まらなかったし、料理の世界で稼ぎたいという思いも強かったです。24歳で初めて料理長に抜擢され、その後も店の繋がりで立ち上げに参加したり、大役を任せてもらったりもしましたが、あるお店で元々いたスゴ腕の料理チームがごそっと抜けてしまって、僕一人がどんだけ奮闘しても料理は遅れてしまうし、出来ることは限られるし、それまで50人集客できていたランチのお客さんが30人、20人とどんどん減りました。そこから、後輩たちに一つ一つ教えて、段々チームが形になっていくと客足が伸びて、100人超えた時は嬉しかったです。  この経験で、思ったんです。僕一人出来ても意味ないなって。人と共有する、次に繋げる必要があるって。日本でいろんな料理の経験積んで、海外への興味が強くなりました。そんな時に弊社代表の清水に出会ったんです。「タイおいでよ」「はい、行きます」こんな感じで、お互いの事をよく知らないままに、ほんまにタイに来ました(笑)。それからは、文化の違いや言葉の壁もありスタッフにどう説明すれば、どう見せれば理解して貰えるか、スタッフ中心の料理と道筋を考えながらやってます。 僕ありきではなく、スタッフを指導していくことでチームとして残っていくお店作りをしたいと思ってます。先日、カセサート大学に招いて頂いて、魚の活け締めと捌き方 の講義をしたのですが、学びたい意思のある生徒さんに教えることに、すごく喜びを感じました。作り方やレシピだけでなく、なぜこの工程が必要なのか?この工程を踏むことでどうなるのか?まで細かく伝えることで、料理への興味を深めてもらったり、より美味しいものを提供したいと思ってもらいたいって思うんです。タイに来て感じるのは、日本の当たり前が絶対ではない、日本の感覚でおったらあかん!ということ。文化の違いや言葉の壁での苦労も多いですが、そこも含めいろんな経験と気づきがあり、タイに呼んでくれた清水社長には感謝してます。

自慢の一品

土鍋アラ汁(299B/ハーフ199B/ミニ99B)
鮮魚の骨、大量の野菜の皮などから出る栄養と旨みを、じっくり丁寧に引き出した黄金のスープ
「バンめし見た!」で新商品のあん肝巻き造り30%OFF通常450B→315B(2021年3月末まで)

しゃかリッチ

ヒナタ


CEO
長谷川真也さん(45歳)


出身::兵庫県 
好きな店: Smile


 小学生の頃から家族の食事を作り始め、美味しいねとおだてられて嬉しく、将来は調理師になろうと心に決めていました。高校を出てすぐにでも調理師学校に入る気で いましたが、周囲に勧められ大学に進学。卒業後は「白木屋」を擁するモンテローザに入社しました。現場に出てみると調理に携わることはほとんどなく、また、調理技術も足りてないと痛感したのを覚えています。料理への想いが募り、回り道したけど、ホテルオークラ神戸の門を叩きました。全く未知のフレンチの世界でゼロからのスタート。知識や技術の幅が広がるのを実感し、充実の4年間を過ごしました。次に「ふらんす亭」チェーン本部のマネージャー職を務め、経営マニュアルほかフランチャイズの仕組みを学びました。その後、地元に戻って働こうと入った会社で「丸亀製麺」に配属されたことが、僕の運命を大きく変えたのです。やり始めると、粉、出汁、材料の選び方、一杯のうどんを作るのにこれほど労力がかけられているのかと驚いたし、その奥深さに探求心も刺激されて。何度も四国に足も運んだり、なぜ?どうして?と掘り下げる、飲食店の深い根幹の部分を勉強させてもらいました。地元で仕事したいと帰ったはずが、いつしか西日本を統括するマネージャーとして忙しく全国を歩き回る日々。社員教育や新店舗立ち上げの部署を任されるようになり、初の海外進出の現場にも立ち会うことに。それまで海外志向でもなかった僕だけど、これは行 くしかない、何でも体験してやろうとタイにやって来たのが、今から10年ほど前です。  他の麺料理に比べて、うどんってニッチな存在だったんですよ。教わるタイ人もわけがわからない。ここでプッシュ!ホット!なんて片言の英語で厨房に伝えながら、コミュニケーションとはとどのつまり、語彙の多さではなく、伝えたい想いと理解したい想いが重なった時に通じ合えるという得難い経験もしました。当初は1か月のサポートの予定で来ていたタイも、すでに3か月が経っていました。タイ語も少しずつ覚え、なにより、日本にこもっていた時には知らなかった違う価値観に触れ、今までと違う世界が開けたんです。  丸亀の仕事で再び渡タイし、ベトナムやマレーシアなどASEAN諸国を周りました。任期の終わりが見えた頃にはもう海外に7年くらい関わっていて、ずいぶん日本も長く離れてしまった。このまま日本で歯車の一つとして働くか?帰国したらもったいなくないか?自分って何がしたかったんやろ?と長い自問自答の末、自分は料理作ることが好きやったな、お客さんと話したり、工夫して美味しいと言ってもらえるのが喜びだったな、と思い至りました。組織に所属していると、肌感覚でこうしたらええのにと思うことがあっても実現できません。せっかくの経験値を形にしたい思いもあった。大きな看板から外れて個人で勝負するのはラクではないけど、ホームランを狙わず、バントで小さく当てて塁に出る。それが自分の性分に合っています。商売なので結果は残さないといけないけど、金儲けだけがしたいわけじゃない。ここにずっと居続けてこの先20年、30年生きていける仕事を模索し、骨太で大衆的な居酒屋を目指したんです。お客さんとの関係を積み重ね信頼を得て今、コロナ下でも来て下さいます。自分でやりたかったことだし、楽しむのが一番。焦る必要はないと思ってます。

自慢の一品

串焼き(1本20B~)
自慢の串焼き・串揚げは全50 種。素材や仕込みに一切の妥協はなく、的確な火入れで旨みを閉じ込める

ヒナタ

伊勢


総料理長
古澤光治さん(42歳)


出身:東京都
好きな店:ラ ココリコ、El Mercado、みかみ


 学生時代のバイト先の居酒屋で、料理の世界にのめり込みました。でも大学卒業後、就職したのは食品メーカーなんです。ゆくゆくは商品開発に関わりたいと考えてのことでした。主に冷凍食品を扱っていましたが、大きな組織の中、工場生産という形で、自分が本当に納得の行く美味しいものを作り出すことに難しさを感じ、料理の道に入ろうと一念発起。沖縄のホテルの中華料理店で基礎から一通り学ばせてもらえたのは貴重な経験です。次第に、誰でも手が届く価格で美味しいものを作りたいと願うようになったのは、旅行先のタイで出会ったカオパットの影響があるかもしれません。とびきり美味しくて一皿20B。衝撃でした。東京に居を移し、タイ料理店で修業をしている頃、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡航する友人の送別会がありました。その店に偶然「ワーホリに行こう!」ってチラシが貼ってあったんです。僕は参加資格ギリギリの30歳。半ば衝動的に「タイにワーホリに行きたいんです」と電話したところ「タイでは実施してませんが、斡旋の手伝いなら」と親身に相談に乗ってくれて。結局、仕事は自力で探し「伊勢」と出会いました。思い返すとあっという間で、日々忙しく働いてるうち11年経っていたような感じ。自分が本当に美味しいと感じるものをその場で食べてもらえる仕事に、今もなお魅力を感じ続けています。

自慢の一品

燃える!エビ炒飯(328B)
大きな炎が立ち上る!こんがり焼けた海老の香りと旨みを味わう、ワンランク上の新感覚炒飯
「バンめし見た!」で燃えるエビ炒飯100B割引(2021年3月末まで)

伊勢

カネヒサ


オーナーシェフ
藤井威久さん(43歳)


出身:北海道
好きな店:アビーズ9、がるしあ、深夜食堂、しゃかリッチ


 大戸屋初の海外事業がタイでスタートした2005年、駐在でやって来ました。いかに少人数で効率よく回し、大量の料理を作れるかが日本のシステムだとしたら、タイは人数増やしてでも、一つ一つ丁寧に出していけという考え。次第にノウハウが蓄積されていき、タイを拠点に、インドネシアやシンガポールの手伝いにも行きました。5年が過ぎて一旦帰国。新しく始まる蕎麦業態のため、東京下町の蕎麦学校で手打ちの技術を学んだ後、今度はベトナムに飛んだんですよ。ベトナムから今度はニューヨークへ、またベトナムに呼び戻されて…。それで、2015年かな?ニューヨークでいろいろと考える機会があって、退職を申し出ました。有給休暇消化のタイミングで広島、沖縄の友達を訪ね歩き、同じ流れでタイにも遊びに行ったんです。紹介されたのが隠れ家グループの社長で、共通の知人も繋がりも多いことが判り「やることないなら一緒 に仕事しませんか?」と声をかけてもらって。2019年にカネヒサをオープンするまで、「隠れ家」にはお世話になりました。自分にとって料理は趣味であり仕事だから、休みがなくても全然平気というか、毎日楽しいんですよ。趣味はなんですか?――仕事です。お休みの日は何してるんですか?――仕事です。みたいな(笑)。

自慢の一品

もり蕎麦(260B)と鶏ガラつけ蕎麦(320B)
香り高い日高昆布を使用したつゆのほか、鶏ガラベースの白湯つゆも人気。つゆに合わせて麺を打ち分けている

カネヒサ

ケリーズ


51店スタッフ
葛谷鉱平さん(46歳)


出身:愛知県
好きな店:のんき屋、和久


 小学生からずっと「将来の夢はコックさん」でした。高校卒業後は調理師学校へ進み、早い段階で老舗の鰻屋に就職を決め、鰻の修業を12年ほど積みました。その 後、縁あって産業給食の世界に。決まった流れの中で千食単位という大量の食事を提供していくんですが、配属先の社員食堂は夜勤明けの利用者も多く、食事を楽しみに来るというより、とりあえず腹を満たしたい、早く食べ終わって仮眠したい、そんなムードも濃厚で。黙々と働くうち10年の月日が流れ、ある日突然、自分がロボットに思えてきて、これはマズいなと。そんな中フラリと寄った服屋で、後の友人で、人生観に強い影響を与える店員と出会いました。彼の接客からはこの仕事が好きで、心底楽しんでいるのが伝わってきたんです。聞けば彼も、僕と似た境遇というか、安定と引き換えに辛かった前職を捨てての、覚悟のアパレル入りでした。ほどなく僕も彼と同業となり、忙しくも充実した日々を過ごす中で、紆余曲折と運命的な出会いがあり、親身になって話を聞いてくれた方が背中を押してくれて、再び飲食に戻ってきました。実は20年以上前、鰻屋に進路を定めた後、スイスのホテルで求人があったことを知り、海外への漠然とした憧れがあった僕の中で「もっとじっくり就職先を決めてもよかったかな」と、微かな後悔が残っていたので、44歳でのタイ出向は嬉しかったです。

自慢の一品

鉄板ナポリタン(210B)
昔懐かしナポリタンを薄焼き卵でくるんだ、愛知発祥のB級グルメ。飲みの〆にも人気
「バンめし見た!」でシェフの気まぐれおつまみ一品無料!※51店のみ(2021年3月末まで)

ケリーズ51

コリアンテーブル


シェフ
ジュリ・ユーさん(40歳)


出身:沖縄県
好きな店:天ぷらや


 それまで働いた経験のなかった私が、行きつけの韓国料理店で目にした「バイト募集」にふと応募したくなり、働くうちに魅せられてハマって、スピード独立。以来5 年間、がむしゃらに経営してきました。順風満帆でもないですよ。オープンから半年後、それも年末のかき入れ時に、従業員のたばこの不始末で店が半焼しましたし。何 とか体制を立て直したけど、目の前のことにただ必死で、泣く暇なんてありませんでした。一人社長で心身ともに疲れ果てて、お店を譲渡し地元沖縄に戻ると、焼肉店のオーナーからタイに行かないかと声がかかって。沖縄から富山に飛んで焼肉修業を重ね、牛の解体技術も身につけました。ちなみに、すっぽんの捌き方を習いに料亭に 通ったこともあるんです。興味が湧くと何でも挑戦したいタイプなんで。時には失敗もあるし、何度か人生のどん底も見たけど、自分の行きたい道しか歩いてないから、振り返っても後悔は全然なくて。人って結果が全てで、いま置かれた環境は自分が積み重ねてきたことの集大成。悔やんだところで変えられないしね。タイは今年で4年目になります。結局のところ、何をしに海外に来たのかですよね。遊びに来たのか、一攫千金狙うのか。私はビッグチャンスを掴む!に近い感覚です。今も一段ずつ階段を昇っている最中なので。

自慢の一品

ヤンニョムケジャン(一匹500B、二匹900B)
仕込むのは、活カニが入荷した時だけ。秘伝のタレを吸ったカニ味噌も極上の味わい
「バンめし見た!」で自慢のスープで作るスンドゥブ(通常270B)が99B!(7種から選択可)※1テーブル1皿まで(2021年3月末まで)

コリアンテーブル

伊勢の国 サクラサク


料理長
伊藤成浩さん(46歳)


出身:岐阜県
好きな店:極楽トンロー店


 「こだわりがないのがこだわり」――そう同業者に言われる通り、店には確たるコンセプトを設けてません。老舗料亭を振り出しに、30 年以上の板前歴の中には、タイでの和食経験もあります。「長い目で見たら、ガチガチの専門店は難しい。何でもあって一店舗で完結するのがタイのスタイル。でなければ生き残れない」、それが前回のタイで学んだことでした。縁あって再びタイに渡り、店を持った今も、ジャンルや枠にとらわれず、お客さんの要望に応える姿勢は変わりません。結果、喜ばれれば嬉しいし、マズいと言われりゃ腹も立つ( 笑)。僕は不愛想だし口悪いし、料理を作る以外はもうマイナス要素しかない。ただ、納得いかないものを出すようになったら、それこそ全部が台無しです。厨房でも、自分が求める合格点よりラインを少し下げ、そこさえも達成できないものは目の前で捨ててます。日本人から見て「これのどこが?」と思うレベルでもね。昔の和食の世界の「見て覚えろ、厳しい修業に耐えろ」は今は通用しませんし、そもそも日本文化や味になじみがない外国人は分からんでしょ。僕らがタイ料理の真髄を分からないように。けれども、お金をいただくからには高い所を目指すし、自分の持てるもの全てを投げ出してでも伝えたい。そう思ってます。

自慢の一品

すき焼き(1人前980B~)
黒毛和牛の上品な甘みが口いっぱいに広がる贅沢な一品。これを求めて来店するリピーターも多数

伊勢の国 サクラサク

肉亭あらた


オーナーシェフ
新村功さん(44歳)


出身:愛知県
好きな店:博多うま馬


 実家は自営で、物心ついた頃から仕込みの手伝い。楽しいと思ったことはありません。なのに同じ道を志し、自然とこの世界に入っていました。最初に修業したのはホテルのフレンチで、この時の経験が自分の背骨になっています。以降はジャンルを固定せず、西洋料理や居酒屋、B a rと縦横無尽に駆け巡り、「バーテンダーなら頑張り次第では半年で一人前になれる」の言葉に背中を押され、24歳で独立。当然そんな容易なものではなく、商売の難しさを感じ始めた頃、先輩に「酒は水を売るだけではない」と言われたんです。そこからは全国の酒蔵に足繁く通い、造り手と会い、その方たちの人間性や情熱や努力に、直に触れました。日本酒が何万年もの歴史と文化 を背負っていること、それを一杯の酒を通して味わってもらうのだと知れたことは、今に繋がる大きな糧となったと思います。また当時、地酒と共に日本各地の郷土料理に興味を持ったことは、現在の創作スタイルにも繋がっています。その後は名古屋市に「駅前ホルモンあらた」をオープンし、今年で16年目を迎えました。いま何を求めているのか?ニーズはどこにあるのか?料理を作りながらも経営者として絶えず観察しつつ、伝統的な日本の食文化や新しい価値観を一皿に込め、ここタイでも発信できたらいいと願っています。

自慢の一品

和牛サーロインかつ(1,580B/150g)
微細に挽いたパン粉をまとわせた和牛を極レア仕立てに、肉汁と旨みを閉じ込めた逸品

肉亭あらた

水琴


シェフ
竹村仁志さん(37歳)


出身:大阪府
好きな店:ソンブーン、あぶり石田


 一人暮らしを機に料理にハマり、いくつかの居酒屋にお世話になりながら、基礎から和食を勉強させてもらいました。自分の料理でお客様が喜んでくれた時は嬉しい 気持ちになりましたし、反応がダイレクトに返って来るこの世界に、どんどん魅せられていって。料理の勉強と並行しながら、世界をバックパック一つで旅行したのは、今もいい思い出です。現地の乗り物だけに乗り、現地食だけを貪欲に食べ歩くぞ!と自分に課したり、英語もろくすっぽ喋れないのにいろいろと交渉をしたり。ベトナムのハノイからホーチミンまでママチャリで縦断したこともあるんですよ。途中、腎不全に罹って手術からの強制帰国、というオチですが(笑)。さまざまな経験を通じて、海外で働きたい想いはいっそう募ったように思います。30半ばという年齢に差し掛かり、このままでは絶対後悔する!と移住を決意。選択に一切の迷いはありませんでした。まぁ、ダメやったら帰ってこよう精神はあったけど(笑)。インターネットの求人と、先輩のツテをたどって現在の店に入り、今は調理に関わる全てをやらせていただいてます。来る前に想像していたタイより10倍は楽しいかな。食材が限られることもありますが、そこを創意工夫で楽しんで作れるのがいいシェフですから。

自慢の一品

カニクリームコロッケ(220B)
洗練を極めたベシャメルソースで丁寧に仕上げた、大人のための一品
「バンめし見た!」で自家製豆腐4種盛が無料!※1組につき1セット(2021年3月末まで)

水琴

和牛しん


Managing Director
進藤顕司さん(48歳)


出身:大阪府
好きな店:ワイン&串かついし本 トンロー店


 ホテルニューオータニでフレンチを約8年、ディズニーアンバサダーホテルで和食を4年やった後、オータニ時代にお世話になったフランス人シェフに誘っていただ き、スペインに渡りました。経験を重ねるうち他の国でも働いてみたくなり、次に台湾の五つ星ホテルへ。ここで意気投合したタイ人シェフを通じ、漠然としたイメージだったタイという国に、好印象を抱いたのを覚えています。その後たまたまいいオファーがタイから届き、ソフィテル、セントラルグループを経てコンラッドホテルに7年ほど勤め、気がつけばタイも通算10年が過ぎていました。ある時、こっちのシェフ仲間が経営する店の社員旅行について行ったんです。離島で夜はやることもなく、彼と一晩中飲みあかしながら、今が自分の店を開くタイミングかな?と、初めて具体的に独立を考えました。休みもあまり取れていないのに彼の姿が楽しそうなことと、「進藤ちゃんなら出来るよ」という言葉にも背中を押されて。ホテルの看板を背負って個人が出来ることには限りがありますし、ご覧の通り、私は大阪出身で喋るのが大好き。カッコつけた超高級店ではなく、等身大のお店を作ろうと思いました。去年8月のオープン以来、一日も休まず働いてますが、やっぱり抜群に楽しいんですよね。周りからもそう見えるようで、よく言われます。

自慢の一品

ビーフタルタルステーキ(580B)
尊敬するスターシェフに伝授されたフランス版ユッケ。「僕の中でも大事な一皿」と進藤シェフ
「バンめし見た!」でハイボール1杯無料!(2021年3月末まで)

和牛しん

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